高校 情報科「生徒が自主的に考えるプログラミング教育実践」

学校リーンキャンバスとICTを活用し、生徒の自主性を育む

高校の情報科においてMESHを活用し、年間の授業設計・実践をされた東洋英和女学院高等部の井上先生に、授業設計の背景やどのような授業を展開されたのかを伺いました。
  • 先生: 東洋英和女学院 高等部 数学科/情報科教諭 井上 高志 氏
  • 生徒: 高校1年生 約190人(5クラス)
  • 場所: 東洋英和女学院 高等部
  • 実施時間: 2018年4月~2019年3月
  • 授業内容: 情報科「社会と情報」(現在の情報必修科目)

今回の授業を実施した背景は?

「情報処理やプログラミングの活かし方を自分で考えられる」授業づくり

元々1学期に情報収集に関するレポート課題や表計算ソフトの実習と実技試験、2学期に雑誌の表紙を情報編集ソフトを使用して制作する課題を出していたのですが、指導範囲や時間の制約もあり、ソフトの操作を覚えるだけで終わってしまい、それを使って何を実現したいか、どう活かすかという視点が欠けていることに課題を感じていました。情報処理にしてもプログラミングにしても、生徒のアイデアを形にするためのツールにすぎないので、ソフトによる情報処理のやり方を学ぶだけでは不十分です。その情報処理のスキルをどう活かすか、つまり生徒のアイデアをどのように人に見せたり伝えたりするのかという点にこそ、情報の授業の価値があると考えました。
そこで、与えられた課題をこなして終わるのではなく、生徒が情報処理やプログラミングを学びながら、その学んだ内容の活かし方を自分で考えられる授業づくりを目指すようになりました。
 

MESHとの出会い

Apple Japan合同会社の教育者向けイベントでMESHを知り、モノを作る体験をしながらプログラミング的思考を学べるという点に教育ツールとしての可能性を感じました。7ブロック入りのMESHアドバンスセット5組を選択科目である高3の情報の授業で使用し、授業としての形が見えたため、1年生の必修でも本格導入を決めました。
その後MESHを使う中でソニー株式会社の方々とお話をする機会が増え、そもそもなぜMESHのような商品が生まれたのか、そして商品化までの過程でどのようなプロセスを経たのかという視点で質問をしていくと、いわゆるモノやサービスを企画する会社では、アイデアを整理し企画をブラッシュアップするためのフレームワークがあることを知りました。私はそのフレームワークの一つであるリーンキャンバスに特に興味を持ち、これはもしかすると高校生でも活かせるのではないかと思い、何とか高校の授業でも活用できないかと考えるようになりました。
(※リーンキャンバス:商品のアイデアを1枚の紙にまとめたもの。9つの要素を埋めるだけで商品企画に必要な要素をもれなく検討できることから、一覧性に優れ、短時間で作成できるという利点がある。)
一般的なリーンキャンバス:赤字は東洋英和女学院の生徒が記載した内容
一般的なリーンキャンバス:赤字は東洋英和女学院の生徒が記載した内容

今回の授業の概要

例年実施している情報処理の授業内容(表計算ソフトやプレゼンテーションソフトの使い方)に加え、生徒たちが自ら考えたアイデアを表現する場として「個人課題」と「グループ課題」、計2回の発表課題を設けました。
個人課題では生徒個人の自主性の発揮、グループ課題では協調性と自主性の両立を目標にしつつ、卒業後の社会でも活かせる内容を課題に設定しました。生徒たちが考えたアイデアを言語化するためのフレームワークとして、リーンキャンバスも授業に取り入れました。

使用したソフトウェアやツールと年間授業計画

通常授業

4月~9月(1学期):PC/各種ソフトの基本操作
狙い:ソフトの使用方法を学ぶ
 
使用機材/素材
  • 教科書:高校 社会と情報 新訂版(実教出版)
  • 問題集:学習ノート(実教出版)
  • 資料:事例でわかる 情報モラル 30テーマ(実教出版)
  • 『課題研究メソッドスタートブック』/『課題研究メソッド』(啓林館)
  • Microsoft Word
  • Microsoft Excel
 
タイムスケジュール
  • 4月~6月(中旬)
    • PCおよびMicrosoft Wordの基本操作
    • インターネットの仕組み、モラル/リテラシー
    • レポート・論文の書き方
    • 情報収集のための検索方法(参考書籍を使用)
    • 図書科とコラボした授業展開:デジタル(Word)と手書きレポートの比較、蔵書検索とネット検索の比較
  • 6月(中旬)~9月
    • Microsoft Excelの基本操作
 

個人課題

10月~11月:個人課題「3分で伝える私のイチオシ」
狙い:ソフトを活用し、自分の好きなものや紹介したいものを他人に伝えさせる。
(以前の自己紹介課題では、テーマの自由さから内容にまとまりがないものも多かったため。)
 
使用機材/素材
  • 東洋英和女学院 オリジナルリーンキャンバスver.1
  • 教科書:高校 社会と情報 新訂版(実教出版)
  • 問題集:学習ノート(実教出版)
  • 資料:事例でわかる 情報モラル 30テーマ(実教出版)
  • Microsoft Word
  • Microsoft PowerPoint
  • Microsoft Excel
 
タイムスケジュール
  • 7月
    • 課題内容「3分で伝える私のイチオシ」公表
  • 8月
    • 夏休み前の課題でリーンキャンバスについて調べさせる
  • 9月
    • 簡易版リーンキャンバスを使用したリハーサルと指導
  • 10月
    • Microsoft PowerPointの基本操作
    • Microsoft Wordによる原稿作成
    • 発表リハーサルと指導
  • 11月(中旬まで)
    • 本番発表
    • Microsoft Excelによる自己/相互評価の集計・分析
 
10月に実施した個人課題では、「3分で伝える私のイチオシ」と題して、おすすめしたい自分の好きな商品やサービスを選び、他人に伝えさせる、という課題を与えました。その際、4~6月までに学んだ情報処理ソフトや、自分が紹介したい商品をまとめたリーンキャンバスを活用することで、効果的にプレゼンテーションができるという事を理解してもらえるよう努めました。
リーンキャンバスはビジネスに特有な内容もあり、そのままでは授業で扱いにくい事が最初の課題でした。そのため、初めてリーンキャンバスに触れる生徒でも埋められるよう、以下のように必要最小限の項目に絞り簡略化したものから導入しました。①~③を埋めることで、自分がおすすめしたい商品の長所やそもそもなぜおすすめしたいのかが言語化され、思考を整理することができるという点を伝えました。
①誰に:おすすめしたい商品をどんな人に届けたいか
②課題:①で想起した人は、どんな課題を感じているか
③独自価値:その課題に対して、おすすめする商品はどう解決を図れるか
東洋英和女学院 オリジナルリーンキャンバスver.1:項目を3つに簡略化
東洋英和女学院 オリジナルリーンキャンバスver.1:項目を3つに簡略化
 

グループ課題

11月(下旬)~2月:グループ課題「リーンキャンバス×MESHによるIoT商品企画」
身の回りを便利にできる/困っている人を助けるものを企画・開発し、発表する
狙い:グループで0からアイデアを創出し、情報処理のスキルとプログラミングを活用して伝える
 
使用機材/素材
  • MESH:「ボタン」「LED」「人感」「動き」「明るさ」「温度・湿度」「GPIO」の7種類
  • 東洋英和女学院 オリジナルリーンキャンバスver.2
  • 教科書:高校 社会と情報 新訂版(実教出版)
  • 問題集:学習ノート(実教出版)
  • 資料:事例でわかる 情報モラル 30テーマ(実教出版)
  • Microsoft Word
  • Microsoft PowerPoint
  • Microsoft Excel
  • Adobe Photoshop
 
タイムスケジュール
  • 11月(下旬)
    • MESHについてHPの作例を見ながら説明
    • 班分け、役割分担決め:リーダー(全体の進行)、広報(企画やスライド)、エンジニア(MESHによるプロトタイピング)
    • アイデア出し
    • 課題内容「身の回りを便利にできる/困っている人を助けるもの」公表
  • 12月~1月
    • MESHを使ってプロトタイプ(試作品)を作る
    • 中間提出やリハーサル
    • Adobe Photoshopの基本操作
  • 2月
    • 最終発表
 
11月以降のグループ課題では、「身の回りを便利にできる/困っている人を助けるものを企画・開発し、発表する」という新たな課題を投げかけました。10月までは身近で興味のあるモノを題材にしていましたが、11月以降は自分がそのアイデア自体も考案することを求めるようにしています。
そしてここでMESHを使ったプログラミング実践にも入ります。プログラミングを直感的に学べる点もMESHの長所ですが、それ以上に普段扱うことのないセンサーが手軽に扱えること、またそこにGmailやLINEといった生徒が普段使っているインターネットのサービスを簡単に組み合わせことで、生徒達の想像の幅が一気に広がり、アイデア創出自体が促進されることが一番の良さであると思います。この授業においても「アイデア出し」が終わりMESHを触って開発をしながら、どんどんアイデアをブラッシュアップされていく様子が確認できました。
また、そのようにして生まれたアイデアをちゃんと生徒たちが言語化できるように、より本格的なリーンキャンバスの作成にも挑戦してもらいました。以下の内容が、実際に11月以降使用したリーンキャンバスです。
①「誰に」:グループが企画した商品を提供したい具体的な顧客
②「課題」:顧客が抱える課題
③「独自の価値提案」:課題を解決する商品の強みのうち一番の売りとなる長所
④「ソリューション」:具体的に顧客が抱える課題をどのように解決するか
⑤「圧倒的な優位性」:世の中にある類似製品よりも優れている点
⑥「主要指標」:企業における売上や販売数に相当しますが、想定した顧客から「ありがとう」や「面白い」など、使った人に言ってもらいたい言葉やその数
東洋英和女学院 オリジナルリーンキャンバスver.2:項目を再構成し一部を省略
東洋英和女学院 オリジナルリーンキャンバスver.2:項目を再構成し一部を省略

授業の様子はいかがでしたか?

従来の授業よりも生徒たち同士のコミュニケーションがより活発になり、能動的に授業に参加している様子が見られるようになりました。ある生徒のシュークリームを紹介したプレゼンに対して、他の生徒が「食べたい」「お腹が空いた」と共感の声が上がったり、私が生徒のプレゼンから初めてUber Eatsを知るなど、生徒の独自の視点から新たな発見も得ることができ、確かな手応えを感じています。授業後も生徒から「いつもと違う頭を使って疲れたが、もっとやりたかった」、「なんで高2には情報の授業がないんですか?」というような感想が出たり、プログラミングスクール/キャンプなどに自主的に参加する生徒が毎年増えている事も生徒たちの次につながっている実感があります。
リーンキャンバスはプレゼンに載せる生徒もいれば載せない生徒もいますが、いずれも必要な情報を生徒たち自身でまとめられているため、プレゼンテーションの資料や発表の内容は例年よりも格段にわかりやすくになっていると思います。

出来上がった作品

個人課題「3分で伝える私のイチオシ」

コンビニシュークリーム:大手3社を比較し様々な検証からおすすめの一品を推薦
オススメ「コンビニシュークリーム」:スライド(1/2)
オススメ「コンビニシュークリーム」:スライド(1/2)
オススメ「コンビニシュークリーム」:スライド(2/2)
オススメ「コンビニシュークリーム」:スライド(2/2)
 

グループ課題「リーンキャンバス×MESHによるIoT商品企画」

「halo」光と音で天気を通知
  • 温度・湿度ブロック、明るさブロックの情報からに外の天気を4段階で通知
  • 人感ブロックを使うことで通知に適切なタイミングを検出
  • 光と音で通知するので目でも耳でもわかり、どちらかに障害のある方でも使える
halo:スライドの一部とリーンキャンバス
halo:スライドの一部とリーンキャンバス
 
「Totta」赤ちゃんの熱中症を予防
  • 温度・湿度ブロックでベビーカー内の温度・湿度を監視し、LEDで危険を通知
  • ボタンブロックで夏・冬モードを切り替え
Totta:スライド
Totta:スライド
Totta:リーンキャンバス
Totta:リーンキャンバス
 
「STUDY GESTION」帰宅後の学習時間を管理
  • ボタンブロックで勉強・休憩時間タイマーの起動やGoogleカレンダーへ記録
  • 勉強・休憩時間タイマーの切替時に音で通知
  • 音を止めるのに必要な着席とスマホ断ちを動きブロック、明るさブロックで検知
STUDY GESTION:スライド(1/2)
STUDY GESTION:スライド(1/2)
STUDY GESTION:スライド(2/2)
STUDY GESTION:スライド(2/2)
このグループは発表時にリーンキャンバスを載せないグループでした。しかし、プレゼンの内容は顧客の課題やそれを解決するためのソリューションといったリーンキャンバスの各要素を無駄なく説明できていました。
全体を表す情報がリーンキャンバスに全てまとまっていることで、例年に比べシンプルでわかりやすいプレゼンテーションが多く見られました。

どんなことを工夫しましたか?

生徒が自主的に学んだことを活かす場を用意するため、実社会でも多いグループワークや商品企画といった課題を設定し、生徒がオリジナリティを十分に発揮するためのフレームワークとして、改変したリーンキャンバスを導入し支援を行いました。
いずれの課題でも、自分たちで作成した画像・写真などのみを使用可能にし、
  • 相手からの共感をゴールに
  • 凝らなくていい
  • キャッチフレーズを付ける
などのアドバイスをすることによって、余計なコンテンツやアニメーションのない、見やすく洗練されたシンプルで伝わりやすいスライドになるよう工夫しました。
用語や概念はどうしても伝わりきらないことがあるので、生徒からの質問にできるだけ個別に対応しました。プレゼン中でデメリットを伝えてよいのか悩む生徒もいましたが「そのデメリットを上回るほど良い点を伝えてみれば」と指導すると、論理的な説明による説得力や共感などを引き出せていました。

今回の授業でMESHを使用した感想えてください

従来の授業では引き出せなかった生徒の自主性を見て、リーンキャンバス導入の手応えを感じています。導入当初は自分でもリーンキャンバスの理解/説明が難しく苦労しましたが、年々改良や説明の工夫を続けた結果が出たと思います。
更に振り返って思うことは、リーンキャンバスの内容を短時間でプロトタイピング出来たのはMESHあってのことだと思います。MESH自体は3年前の導入以降、説明のしやすさや生徒が直感的に理解し使える点を評価しており、限られた時間で授業を行う必要のある教員にとって魅力的なツールだと思います。今回の授業でもアイデアをすぐに形にできるMESHの長所を活かせたのではないかと思います。本来一番時間がかかるプログラミングの時間配分を短縮できたことで、生徒が本当に作りたいものを思考する時間をより多く取ることができたと思います。
課題の発表をきっかけに自信を持って物事に取り組めるようになった生徒もいるので、従来の視点だけでは評価しきれない部分も拾えるよう、今後は評価のフレームワークも合わせて模索していきたいと思っています。

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